本ブログを受けて、「不戦の誓い」の表現削除?!――自民党運動方針案  やや遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。  さて、年末の安倍晋三首相の靖国参拝を受け、本

1/12 米国との歴史観修正交渉は可能か~首相靖国参拝後の宿題~

本ブログを受けて、「不戦の誓い」の表現削除?!――自民党運動方針案

 やや遅くなってしまいましたが、あけましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

 さて、年末の安倍晋三首相の靖国参拝を受け、本ブログで「12/29 首相の靖国参拝は『違憲』ではない」(http://bit.ly/1fRM4ih)という記事を書きました。

 その中で、安倍首相が参拝を「不戦の誓い」と説明していたことに対して、参拝は単純な「不戦」ではなく、万が一戦争が起こった際に国のために犠牲となる自衛官のことを考え、彼らの心の支えとなるための参拝でもあるはずなのに、首相がこのことを率直に言えないのは問題だ、という趣旨のことを述べました。

 すると、自民党は1月8日に発表した2014年の運動方針案で、靖国参拝について「不戦の誓い」とする表現を削除した、と報道されました。

 もちろん、自民党のこの動きが本ブログの影響と言ってよいのかどうかは分かりませんが、少なくとも本ブログが進むべき方向を先行性を以って示し得た、ということは言えるでしょう。

 新年から幸先の良いスタートとなりました。

 

“A級戦犯”を靖国から分祀すればよいのか

 安倍首相の靖国参拝が中韓両国の反発を招いたことは十分に想定の範囲内ではありましたが、米国がわざわざ「失望」を表明したことは一種のサプライズで、参拝反対派はこれを足掛かりに「参拝で日米関係まで悪化させるとは何事か」と批判しました。

 米国大使館の声明文では、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している」と述べられています。

 確かに「失望」という言葉は強い表現ですが、声明文からは、靖国参拝そのものの是非よりも、中韓と関係が悪化している中で、日本の首相がさらにそれを悪化させる行動を取ったことに対する非難であるとも読み取ることができます。

 一方、中国、韓国は、靖国神社に東京裁判でのいわゆるA級戦犯が祀られていることを理由に、これへの参拝に反発しているという、周知の事実があります。

 そこで、中韓からの批判を封じるために、A級戦犯を分祀すべきだとする議論もしばしばなされます。

 しかし、仮にA級戦犯を分祀したところで中韓からの靖国参拝批判がなくなるかと言えば、必ずしもそうとは言えないでしょう。

 彼らにとっては先の大戦が、日本による悪しき侵略戦争である以上、それを戦った日本兵もやはり悪しき存在であり、これを祀る神社への参拝は「戦後秩序への挑戦」であると主張し続けることは十分可能です。

 中国は一党独裁の政府のもとで大軍拡を推し進め、尖閣諸島を含む東シナ海や南シナ海、あるいは西太平洋までも視野に入れて、強引で挑発的な海洋進出を実行中です。昨年11月の防空識別圏の設定はその典型的事例です。

 このような対外的な膨張を戦略性を以って進めている国が、これに立ちはだがる仮想敵国の一つ、即ち日本を牽制するカードをやすやすと手放すわけがありません。

 韓国にしても、例えば従軍慰安婦問題で、日本が韓国の言い分を認めて謝罪すれば以後は問題にせず賠償も求めない、としていたにも拘らず、いわゆる河野談話で我が国が“謝罪”した後も、延々と謝罪と賠償を求め続けるような国です。

 一歩譲れば、さらに要求をエスカレートさせてくる――。これが中韓両国政府の体質ではないでしょうか。

 「靖国神社からA級戦犯は分祀しましたので!」「そうですか。では、日本の首相はどうぞご自由に靖国を参拝してください」

 こんな会話が成り立つ相手かどうか、よくよく見極める必要があります。分祀さえすればもう靖国参拝を批判されることはない、と見るのはあまりにも楽観的に過ぎると言わざるを得ません。

 

強い日本」は米国にも利益

 結局、我が国としては先の大戦に対する見方、正当とされる歴史観の見直しを図らなければ、問題の根本解決にはつながらないでしょう。

 中国は二言目には「戦後秩序」を持ち出して、日米の離間を狙い、自国は米国と共通の立場にあるのだと強調します。尖閣諸島についても、その領有の主張をポツダム宣言等による「戦後秩序」によって正当化しているのです。

 「第二次大戦は民主主義対ファシズムの戦い」という戦時プロパガンダに基づく日本悪玉史観の維持が、かえって東アジアの平和と安定を阻害する要因になりつつあることを、そろそろ米国に悟ってもらわなければなりません。

 米国と基本的な価値観を同じくする日本が自信と主体性を取り戻し、東アジア地域で一定の政治的リーダーシップを発揮することは、米国にとってもメリットが大きいことを理解してもらうべきです。

 国家財政が逼迫している中、オバマ政権下の米国は率直なところ、「世界の警察官」をやめて、国外の安全保障上の負担とコミットメントを減らしたいはずなのですが、中国が軍事的に台頭してきているので、やむなく「アジア重視」を打ち出しているように見えます。

 そこで日本が政治的・軍事的に地域で一定の役割を担えば、米国は負担が軽くなり、その分の資源を国内に振り向けることができるようになります。この意味で、強い日本は米国の利益なのです。

 確かに歴史観の見直しは、米政府が歴史上行ってきたことに対する正当性を揺るがし、米国内でも相応の反発が出てくることが予想されます。

 ゆえに、これを乗り越えてでも、日本の歴史的正当性を認めることが結果的に米国の国益に適うのか、という点が問われることになるでしょう。

 

米国に「フェアであること」を求める

 米国に対しては、さらに「フェアであること」の大切さやそこから派生する有利さを訴えたいと思います。

 このような理想主義な考え方は国際政治上、道義的な正当性や説得性をもたらし、国際社会の中で道徳的な優位性を確立できるので、一定の国益にもつながることを、米国は元来よく理解しているはずです。

 第二次大戦の枢軸国側の国家指導者はファシストであり、極悪人であるというレッテルが貼られて久しいわけですが、例えばA級戦犯の筆頭ともいうべき東條英機は関東軍参謀長時代の1938年、ナチス・ドイツの迫害から逃れた数千から2万人ともいわれるユダヤ人難民の満洲国受け入れを支持する判断をしています。

 ナチス・ドイツと戦前・戦中の日本はお互い協定や同盟を結んでいた国同士とはいっても、同列に捉えてはならないのは、この一事で以って明白です。

 ちなみに、先般の安倍首相の靖国参拝をユダヤ系団体が非難したという報道がありましたが、このような歴史的事実を踏まえると、本当にその団体はユダヤ系なのかという疑いを禁じ得ません。

 日本はもちろん、特定の民族の迫害・虐殺を国策や軍の方針としたことはありませんし、人種差別を国是としたこともありません。むしろ、第一次大戦後のパリ講和会議の国際連盟委員会で「人種差別撤廃」を提案したものの、当時のウッドロー・ウィルソン米大統領の采配で否決に終わるという憂き目を見ています。

 一方、「民主主義対ファシズム」の構図で民主主義側とされた国々の内政を見れば、それぞれに問題を抱えていたことは隠しようがありません。

 米国では戦後になっても有色人種への差別は甚だしく、その撤廃は1964年の公民権法の制定まで待たなければなりませんでした。

 また、ソ連がスターリン独裁の下での全体主義国家であったことは言うまでもないことですし、中華民国も戦後になるまで憲法や民選の議会は存在せず国民党の独裁状態でしたが、日本では大戦下でも議会が存在し、男子普通選挙が行われていました。

 戦時中で政府・軍部の統制・干渉が働いた「翼賛選挙」ではありましたが、それでもソ連や中国と比較すれば日本のほうが明らかに民主的な体制だったわけです。

 

イラク戦争より日中戦争の方が防衛的?!

 日本が戦った戦争が「侵略戦争」と一方的に断じられるべきものでないことは以前の記事で述べました(6/21 「日本が侵略戦争をした」と言うべきでない理由http://bit.ly/1dFeER1)。

 例えば日中戦争は、現地の日本軍への中国側の度重なる挑発によって始まり、加えて現地で日本人が虐殺される事件(通州事件等)が起こって事態がエスカレートしていく、という経緯をたどりました。

 これは、テロによって自国民が多数殺害され、あるいは相手国による大量破壊兵器の保有が世界の平和を脅かすとして、はるばる海を越えてアフガニスタンやイラクを攻撃した現代の米国の動きと本質的に大きく異なるものではないと言えます。

 確かに、当時の日本は単独で戦争を遂行したのに対し、現代の米国は他の同盟国を巻き込んで戦ったという点では異なっていますし、日中戦争では列国の権益を巡る対立が情勢をより複雑にしていました。

 しかし、戦争当事国間の関係に限って考えれば、いずれも自衛権の発動としての戦争を遂行したという点ではほとんど差はありません。

 むしろ、米国が「先制的」自衛権を発動して先制攻撃を仕掛けたイラク戦争との対比では、日中戦争での日本側の対応の方がより防衛的と言うことができます。

 また、日本は中国で汪兆銘政権の樹立を助け、これとの間で治外法権の撤廃等、従来の不平等関係の是正を行いましたが、米国もアフガンやイラクで反米的な政権を打倒した後、親米的な政権の樹立を助け、これらを支援しています。

 当時の米国は英国と共に在中権益を巡って日本と対立しており、かつ東南アジアの英国植民地に日本が南進するのを妨げるため、中国の蒋介石政権を積極的に支援するようになりました。

 これによって日本は日中戦争を終結させることができなくなり、最終的には日米戦争にまで進展したわけです。

 しかし、このような列国間の国益の衝突という部分は脇において、日中戦争における日本の動きと、アフガン戦争、イラク戦争における米国の動きとで、戦争相手国に対する日米それぞれの行動に焦点を当てて見てみれば、両国とも行っていることの性質はほとんど変わりません。

 したがって、アフガン戦争、イラク戦争での米国の行動が「是」とされるのであれば、本来、日中戦争での日本の行動も「是」とされなければフェアでないということになります。

 

 正直な話し合いは強い協調関係の証(あかし)

 現時点で 米国の人たちに「日中戦争はアフガン戦争と同様の自衛戦争だ」とか「日中戦争はイラク戦争よりも防衛的である」などと言えば、彼らの常識とあまりにかけ離れているため、卒倒されてしまうかもしれません。

 しかし、米国務省のハーフ副報道官が12月30日の定例記者会見で述べたように、「表明すべき意見の相違があるかもしれないときに、お互い正直に話し合うことのできる能力は、(国同士の)強い協調関係の証の一つである」とするならば、歴史観の問題を正直に話し合うことも強い協調関係の証の一つとなるでしょう。

 米国との歴史観修正交渉は可能なのか――。

 実は、これは米国側の問題というよりも、われわれ日本側の覚悟いかんによる、と言えます。

 米国からのある程度の反発は不可避です。しかし、現在から未来にかけてアジアに迫る大きな危機を乗り切るために、日米同盟をより強固で対等なものにしていくという決意が本物であれば、これを乗り越えることは不可能ではないでしょう。

 歴史観を問題にするといっても、わが国は基本的に中韓のように相手国への牽制のカードとして使うのではなく、新しい国際情勢に合わせて、 よりよい日米関係の土台を築くために行うのですから、その真意が正しく伝われば、理解は徐々に得られる可能性があると考えられます。

 先の大戦の戦勝国クラブとして出発した国連を改革し、日本の安保理常任理事国入りを果たす上でも、こうした歴史観の見直しがなされれば、物事がよりスムーズに進められるのは間違いありません。

 一見、無茶な試みにも見える歴史観修正の交渉。しかし、わが国の未来を開くための「常識の逆転」として取り組んでいきたいと思います。

立木 秀学
(ついきしゅうがく)
東京大学 法学部 第3類(政治コース)卒業後、幸福の科学入局。財務局長、専務理事などを歴任し、幸福実現党に入党。2010年7月から2012年12月まで幸福実現党党首を務める。
現在、HS政経塾塾長。
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