歴史観でも対立する橋下氏と石原氏  日本維新の会が内紛で揺れています。  慰安婦問題に触れた、橋下徹共同代表の発言をきっかけに同党への支持率が低下し、投開票日が間近の東京都議選で大苦戦。  もう一人の共同代表の石原慎太郎

6/21 「日本が侵略戦争をした」と言うべきでない理由

歴史観でも対立する橋下氏と石原氏

 日本維新の会が内紛で揺れています。

 慰安婦問題に触れた、橋下徹共同代表の発言をきっかけに同党への支持率が低下し、投開票日が間近の東京都議選で大苦戦。

 もう一人の共同代表の石原慎太郎氏が橋下発言を「大迷惑だ」と批判し、橋下氏に「選挙を戦う仲間に謝るべきだ」と主張しましたが、橋下氏は「(発言は)間違っているとは思っていない」と反論し、都議選の結果次第で自らの辞任もあり得るという考えを示しました。

 改憲勢力の一つである日本維新の会が分裂し、野党再編へという流れになれば、憲法改正への道筋にも不透明感が出てくるため、事の成り行きは見届けなければならないでしょう。

 しかし、橋下・石原対立の中で注目すべきポイントとしては、もう一つ、歴史観の問題もあります。石原氏は「(橋下氏とは)歴史観が基本的に違う」としているのです。

 橋下氏は先の大戦について「侵略だと受け止めないといけない」と明言しています。いわば政府の村山談話を踏襲する立場です。

 これに対して石原氏は「侵略じゃない」「歴史に関しての無知」と反論し、その根拠として、マッカーサー連合国最高司令官が戦後、米議会で「日本が戦争に突入したのは、主に自衛の必要に迫られてのことだった」と証言していることを挙げています。

 先の大戦をどう評価するかについては、これまで長い間、様々な議論がなされ、その量は汗牛充棟という表現でも間に合わないほどに上っています。

 ただ、これまで世間で主流だったのは、「日本が侵略戦争をした」という認識でしょう。現在の政府の公式見解もそのようなものとなっています。

 1995年8月15日に出された村山首相談話では、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と述べています。

 しかし、そろそろこの辺りでこうした自虐的な歴史観を変えていかないと、日本は危ない時期に差し掛かりつつあります。

 

日本が「戦後秩序に挑戦」している? 

 中国は尖閣諸島の領有を一方的に主張していますが、その際、我が国が同諸島への主権を維持していることを「戦後秩序への挑戦」として非難しています。

 ここで「戦後秩序」とは何なのかということが問題になります。

 例えば、李克強首相は5月26日、ドイツのポツダムを訪問した際、大戦末期に当地で発されたポツダム宣言を引き合いに出して「日本が盗み取ったすべての領土は中国に返還されなければならない」と発言しています。

 つまり中国は、米英中の3カ国によって発表されたポツダム宣言の第8項が

 「『カイロ』宣言ノ条項ハ履行セラルベク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」

 としており、そのカイロ宣言が

 「右同盟国(米英中)ノ目的ハ日本国ヨリ(中略)満洲、台湾及膨湖島ノ如キ日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ  日本国ハ又暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルベシ」

 と謳ってることを、尖閣領有権主張の根拠としているのです。

 要するに、尖閣諸島はカイロ宣言にいう「日本国ガ清国人ヨリ盗取シタル」地域なので中国に返還されるべきだと言っているわけです。

 しかし、尖閣諸島は1895年、そこに清国の支配が及んでいる痕跡が無いことを確認した上で、我が国が領土として編入しており、その後も1970年頃に至るまで中国側から何らの異議申し立てが無かったことから、清国より盗取した地域でないことは明らかです。

 ところが、最近は尖閣諸島のみならず、「日本の天皇はカイロ宣言とポツダム宣言の日本の戦後処理に関する規定を受諾した。これらの規定に基づき、(中略)歴史上懸案のまま未解決だった琉球問題も再議できる時が到来したのである」(2013年5月9日 人民網日本語版)として、沖縄の領土主権すら中国のものだと言い始めています。

 中国は自らの都合に合わせて、カイロ宣言やポツダム宣言を持ち出していますが、戦後秩序の「曲解」というべきです。

 日本外務省は「カイロ宣言やポツダム宣言は,当時の連合国側の戦後処理の基本方針を示したもの」でしかなく、「大戦後の日本の領土を法的に確定したのはサンフランシスコ平和条約であり、カイロ宣言やポツダム宣言は日本の領土処理について、最終的な法的効果を持ち得るものではありません」としています。

 サンフランシスコ平和条約では、もちろん尖閣諸島や沖縄を放棄するなどといった条項は存在しません。

 ただ、将来、中国がさらなる経済成長と軍拡で米国を圧迫するような情勢に至れば、米国が中国のご都合主義の「戦後秩序」に迎合し、尖閣や沖縄の「返還」を我が国に迫るようになる事態も全くあり得ないとは言い切れず、何らかの対応策が求められます。

 

日本悪玉論の見直しが必要だ

  そこで我が国としては当然、領土・領海の防衛態勢をしっかり整備していくことが欠かせませんが、それのみならず歴史観についても情勢や相手の出方に合わせて対応していかなければなりません。

 謝罪や反省も相手が善意であれば、真の友好につながる場合もあるかもしれませんが、積極的に軍事的覇権拡張を進める中国、我が国を核兵器で威嚇する北朝鮮、反日傾向をより強める韓国を相手に、過去の謝罪と反省を繰り返しても、彼らはむしろその過去を材料にして、我が国に不当な要求や無理難題をいっそう吹っかけてくるばかりでしょう。

 このまま放っておけば、いずれ「戦後秩序への挑戦」という非難にとどまらず、戦後の枠組みさえ無視して「日本は過去の植民地支配と侵略の罪を贖うために、中国や北朝鮮・韓国による植民地支配を受けるべきである」などと要求されかねません。

 中国では天安門事件以降、共産党政権の正統性を確保するため反日教育が徹底されるようになったのは有名な話ですし、韓国でももはや「反日なら何でもあり」という状況なのは最近とみに知られつつあります。

 特に中国では今後、不満のはけ口として対日戦争を要求する国民世論が大きく形成される危険性が高いといえます。

 「日本は悪い国」という戦勝国のプロパガンダを、戦後は敗戦国として受け入れざるを得なかった面はありますが、今なおそのプロパガンダを活用して我が国を圧迫し、自国の主張を押し通そうとする近隣国が存在するのですから、そろそろ客観的な史実も踏まえて、そうしたプロパガンダを克服していくことが必要です。

 我が国として、日本悪玉論に対してきちんと反論していかなければ、他国から外交でいいように付け込まれたり、あるいは侵略行為の正当化に使われるなどして、いずれ取り返しの付かないことになりかねません。

 

日本の戦争は「侵略」ではない

 日本の過去の戦争は単純に「侵略」と決めつけられるものではないことを、時系列をさかのぼって簡潔に述べれば、以下の通りとなります。

【太平洋戦争(大東亜戦争)】

 日本の真珠湾攻撃から始まった戦争であることは事実です。しかし、我が国としては、米英中蘭のABCD包囲網による経済封鎖、特に当時輸入の8割を依存していた米国による石油の全面禁輸措置によって、国家として経済的に立ちゆかなくなる状況に追い込まれたがゆえに開戦に踏み切ったものです。

 冒頭に紹介したマッカーサー証言も、経済封鎖で資源が入らなくなる恐れから日本が戦争に突入したことを「自衛の必要に迫られて」と表現しています。

【日中戦争(支那事変)】

 日本が征服欲に燃えて中国大陸を侵攻したというイメージで語られることの多い日中戦争ですが、実際にはその端緒となった盧溝橋事件や第二次上海事変の開戦過程を見る限り、明らかに中国側からの攻撃を受けて日本軍が応戦したものです。我が国として望んで始めた戦争では全くありません。

 また、南京大虐殺は発生したとされる時期にそもそも国際的に何の問題にもなっておらず、戦後になって言われるようになったのですから、捏造というほかないでしょう。

【満洲事変】

 満洲事変は現地の関東軍が仕掛けたものですが、なぜそうしたかと言えば、日露戦争で得た満洲での権益や日本人居留民(朝鮮人を含む)を守るためでした。軍閥や匪賊などの中国人から居留民に迫害や襲撃が加えられ、エスカレートしていたのです。

 また、満洲は当時、明らかに中華民国の領土というわけではなく、もとより満州族の土地でした。関東軍はそこに満州族の国家「満州国」を建設したのですが、これを批判した国際連盟のリットン報告書ですら、日本軍が単に侵略したというような簡単な事件ではないとしています。

【日清戦争・日露戦争】

 日清戦争は朝鮮から清国の影響を排除し、朝鮮を独立国たらしめるための戦争でした。そして日露戦争は、朝鮮、満洲からロシアを排除するための戦争でした。

 もし、これらの戦争に日本が敗れていれば、最終的に満洲から朝鮮半島はロシアのものとなったでしょうし、その次には我が国が直接侵略され、戦場となる可能性が高かったといえます。

 なお、韓国の保護国化や併合も本来、韓国が清国やロシアと結びつかず自ら独立国家として確立してくれれば必要のないことだったのですが、残念ながら現実はそうは行きませんでした。

 

村山談話の踏襲でなく、米国の説得を

 こうしてみると、「日本が侵略戦争をした」という言い方は明らかにおかしいことが分かります。上で紹介したカイロ宣言の抜粋では、「暴力及貪欲ニ依リ日本国ガ略取」といった表現が見られますが、我が国に対する敵意に満ちたプロパガンダの産物にしかすぎません。

 サンフランシスコ平和条約で定められた戦後の国際秩序を覆すつもりはもとよりありませんが、歴史認識に関してはより公平なものに改めていくべきです。

 特に「戦後秩序」を都合よく解釈して我が国を非難し、侵略を進めようとする近隣国が存在する以上、それに対抗する論説のベースとなる歴史観を再確立しなければなりません。

 戦勝国がいまだに維持している、「第二次大戦は民主主義対ファシズムの戦い」という意義付けは、ソ連や中華民国が民主主義とはとても言えない国だったことにより元々破綻しています。

 また、アジアで米国が日本を打ち破った結果、中国大陸が共産化し、米国自らが朝鮮戦争やベトナム戦争を戦う羽目にもなりました。我が国としては敗戦の結果をもとより受け入れるものの、米国として、日本を戦争に追い込み打ち負かすという当時の判断が本当に正しかったのかということは問われてしかるべきでしょう。

 もちろん米国は同盟国なので、話が変にこじれないよう細心の注意が必要ですが、先の大戦に関しては、「善なる民主主義国・米国」と「悪なるファシズム国家・日本」との戦いということではなく、異なる国益を追求した日本と米国の不幸な衝突だったという理解に持っていくことを目指したいものです。

 中国は、第二次大戦の戦勝国と敗戦国という枠組みを持ち出すことで、日米の分断を狙っています。したがって、これへの対策としては、歴史観の面でも日米の間で可能な限り平仄を合わせることが必要なのです(もちろん完全には一致しないでしょうが)。

 このように米国も説得する気構えがあれば、安倍晋三首相も村山談話の踏襲を余儀なくされるという事態に陥らず、自虐史観を払拭した新しい談話の発表に向けて準備を進めることができたことでしょう。

 

立木 秀学
(ついきしゅうがく)
東京大学 法学部 第3類(政治コース)卒業後、幸福の科学入局。財務局長、専務理事などを歴任し、幸福実現党に入党。2010年7月から2012年12月まで幸福実現党党首を務める。
現在、HS政経塾塾長。
HS政経塾公式サイト
ついき秀学の「日本の未来はここにあり」